ベストフィッシュは1日にしてならず

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俺に!魚を!釣らせろ!

東京のシーバスはなぜ臭いのか

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シーバスを食べてみた

 

 私の友人が初めてシーバスを釣った直後に言った言葉が、おめでたい状況を一変させました。

 

「食べてみね?」

 

 

シーバス釣りを始める前に多くの動画や記事を見ていたので、荒川で釣れるシーバスが臭いことはなんとなくわかっていました。実際その前の晩に私が初めて釣ったシーバスも何となく「食べ物とは感じさせない匂い」がしていたので、友人の足元に横たわるフッコが臭いのは確信レベルで理解していました。

 

 不安な私はよそに、彼はどうやって食べるか考えている様子です。食べる、ということでは決定しているようです。

 

 

食べるうえでの機運はさらに高まります。その日は釣り場で「釣り場でコーヒーとか飲みたくね?」とかいうルアーフィッシング初級者特有の発想でハンディ式のコンロを持ってきていたことが災いしました。

 

もはや状況として、少なくとも今さっき釣れたシーバスを食べるのを付き合わされるのは避けられそうにありませんでした。

 

 「はぁ・・・・(ため息)、じゃあいいよ」

 

たぶん、押しが強い男に迫られた女もこんな感じかもしれません。

 

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嫌々調理に入ります。まず、血抜きです。ハサミでエラをザクザク切って血を水に流します。その後その辺にある葦の中で丈夫そうなものを見繕いシーバスの口の中に突き刺します。それからプライヤーで腹部をこじ開け内蔵を引き出しました。

最後に葦の枝を手に持ち、適度に回転させながら、コンロでじっくりやきます。

 

野性味あふれる調理法ですが、もともと釣れたシーバスを食べる意図で準備をしていなかったので仕方ありません。

 

焼きあがりました。皮をめくると意外なほど、よく見る白身魚に近い見た目だったことに驚きました。焼きあがった匂いも焼き魚そのものです。

 

そんな見た目ですから、私もだんだんと「イケるんじゃね?」と思いました。

 

それは大きな勘違いであることはすぐにわかりました。

 

ざっくり味と風味を説明します。噛めば噛むほどにドブ川の臭いが口の中に充満していき、飲み込むことを脳が拒絶している感じがしました。

 

実体験での食レポは以上です。

 

なぜ臭いか

 

なぜ臭かったのでしょうか。

 

「人間の居住地の近くになれば近くになれば魚は臭い」

これは私が釣りをし始めた段階で祖母が言っていた言葉です。

シンプルな言葉ですが、なかなかハッとさせられた思いでした。

 

人間は排水を垂れ流すことで文化的な生活送っているのです。

 

私たちの排水は一度下水管を通して浄水場へ送られ、一定基準の処理を行った上で放出されています。そうすることで河川や海の水質汚染を可能な限り防いでいるのです。

しかし、あくまでこれは平時の場合です。

 

ではイレギュラーな時はどうなるのでしょうか。

 

私はこと荒川以外のことには明るくないので、荒川を例に挙げます。

東京の23区のほとんどの地域では生活排水と雨水は同じ下水管を流れ浄水場で処理されます。

これを合流式と呼びます。一方で生活排水と雨水が違う管を通るのを分流式と言います。

そしてイレギュラーな状況、つまり大雨が降ると浄水場では水の処理が追い付かなくなります。そうなると、都心の生活排水はすべて荒川に流れ込む格好になります。

大雨の後の荒川が非常に臭いのはこのためです。

 

2021年に改まって開催されるオリンピックに関連して以下のような記事がありました。

 

2020年東京五輪パラリンピックトライアスロンオープンウォータースイミング(OWS)会場のお台場海浜公園東京都港区)の水質について、東京都と大会組織委員会が今夏、調査したところ、大腸菌数などの数値が競技団体が示す基準値を超える日が半数以上になったことが分かった。

 

4日に発表された調査結果によると、トライアスロンの基準では調べた26日間のうち20日間、OWSの基準では21日間のうち11日間で基準値を超えた。大腸菌数は100ミリリットルあたり最大5300個で、国際トライアスロン連合が定める基準値の約21倍だった。

朝日新聞 2017年10月5日 『五輪会場の水質、基準値を超える日が半数以上 お台場』

リンク:

五輪会場の水質、基準値を超える日が半数以上 お台場 - 東京オリンピック:朝日新聞デジタル

 

この事案も東京のほとんどの下水管が合流式であることに起因します。

 

また、大潮の干潮に 荒川に行ってみると身をもって体験できるかもしれません。露出した川底が非常に臭いです。

お台場と同じく、大雨で流されて沈殿したヘドロが悪さをするのです。

 

シーバスはある程度水質が悪くても全然生きて行けちゃうタフな生き物です。

たとえ東京湾奥の水が汚くとも、すくすくと成長していきます。少しずつその身に臭いとあんまり歓迎できないような物質を溜め込みながら。

 

 生物濃縮

 

アングラーの中には都会で釣れたシーバスを食べることに対して否定的な層が存在します。

彼らは主に生物濃縮の危険性を根拠にしています。

 

 生物濃縮とはなんでしょうか

 

生物濃縮とは食物連鎖の上位は、その捕食により最下位から蓄積されてきた有害物質をその身に貯めやすいという現象を指します。

食物連鎖のピラミッドのイラスト

 

 通常、食物連鎖はピラミッド状の構造になっています。各層の面積の広さが個体数となります。

 

例)堆積物→植物性プランクトン→動物性プランクトン→小魚→シーバス

 

といった具合です。ピラミッドの頂点に向かうほど、特定の物質の濃度が高まります。

 

以上が生物濃縮の説明となります。

この言葉を知っている方ならここまでなら知っていると思います。

しかし、その先にある「つまり東京湾のシーバスは大丈夫なの?」という疑問に対して、データや事例を用いて持論を述べることができる人は多くない気がします。

 

生物濃縮の詳細

 

生物濃縮で有名な事例と言えば1956年に発生した水俣病でしょう。

小学校で誰もが聞いたことがあるくらい有名な水俣病の件は、工場排水が原因でした。

 

工場から無処理で排出され排水には多量のメチル水銀化合物(以下、有機水銀)が含まれていました。その結果生物濃縮の過程でマグロやカジキの身に有機水銀が蓄積され、近海で捕れたその魚を常食する住民にメチル水銀中毒症の症状があらわれました。

 

その症状は中枢神経系にあらわれ、手足の痺れ、視野狭窄(狭まる)、聴覚障害と重いものでした。

 

世界的に注目されたこの事件は以降、工場排水の処理に関する法令が厳格化する契機にもなりました。

 

また、事件の処理として熊本県は485億円もの費用をかけて水俣湾の広範囲を埋めたてました。その後1997年に水俣市より安全宣言がなされ、今現在の水俣湾の水産物に含まれる有機水銀量は全国基準値を下回ります。

 

生物濃縮の問題はこれまでに各国・各地域で様々な物質で発生しました。

 

東京湾の場合はどうでしょうか。

 

90年代から生物濃縮問題でその危険性を指摘されているのがダイオキシン類になります。

ダイオキシン類をかなりざっくりと説明すると、人体の内分泌に有害な影響を与えます。

 

そして、これらの物質は燃焼、製紙工場などでの漂白塩素処理、特定の農薬使用時、またはその農薬製造時等に発生しました。

 

近年では法令が厳しくなり、発生原因の99%が燃焼によるものとなっています。また、燃焼により発生するダイオキシン類は年々減少傾向になります。一方でダイオキシン類の発生原因は今でも解明できないことが多く、完全に発生をゼロにするには時間がかかりそうです。

 

この事実を知った時私は思いました。

 

シンプルな話、

 

30年前に水に流れた物質がなぜ問題視されるのでしょうか?

 

 

ダイオキシン類は難分解性であるからです。

 

 

自然に分解されにくいダイオキシン類は、川底を除去工事等をしない限り、生物濃縮の原因であり続けるのです。

 

実際、東京都建設局は環境基準値を超えた底質ダイオキシンを除去すべく工事を行っています。

www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp

 

東京都建設局のダイオキシン類対策の工事は2005年の横十間川、天神橋付近での施工を最後に、2021年現在行われていません。

 

つまるところ、行政判断では環境基準値を超えるダイオキシン類の生物濃縮になりうる水域(あるいは川底)は確認されていない、ということでしょう。

 

結局のところ食べていいの?

 

結論から言うと、量や頻度に限りがありますが食べてOKです(と、都が言っております)

 

ダイオキシン類は、ダイオキシン類対策特別措置法によって耐容一日摂取量が:4 pg-TEQ/kg・bw/dayと定められています。

 

東京都福祉局が2019年に公表した資料によると、

 

魚類のダイオキシン類濃度平均は 1.05 pg-TEQ/g

貝類のダイオキシン類濃度平均は 0.26 pg-TEQ/g

 

一般的な生活環境における大気、水、土壌から人体にばく露される推計量は0.010 pg-TEQ/kg・bw/day 

 

となります。これらを合算した場合、一匹二匹程度では、耐容一日摂取量を超えることはないため、私は問題ないと判断します。

 

参照: 『令和元年度 東京湾産魚介類の化学物質汚染実態調査(概要) 』

リンク: 

https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2020/10/15/documents/15_03.pdf

 

 

まとめ

 

このエントリーの執筆にあたり、いかにも化学って感じの、見たこともない単位や用語が満載の論文や記事をたくさん読むことになりました。

読んでいくいくちにだんだんと頭が熱くなっていくような感覚がするくらいに、専門外知識の習得の難しさを痛感しました。

 

こういう記事を書くには慎重さが求められると思います。私が分かる範囲で書く(知ったかしない)、ソースをはっきりさせる等々、何より健康に関することですから、ずさんに書くことは許されないなと書きながら感じました。

 

SNS上では都会のシーバスを食べていいかという判断に白黒つかない様子を散見しました。そういった方の判断の一助になればな、という思いが記事を書く動機になりました。

 

また、東京の、とタイトルに銘打ってる通り、私は東京湾の情報を元にこの記事を執筆しています。

読者ご自身が他府県にご在住の場合は、その都市の下水道局のページで下水道事情を把握したり、福祉保健局のページで生物濃縮がしている魚の調査(していれば)結果をご確認いただければ大体わかると思いますのでそちらでご確認いただければと思います。